そして翌日。

志貴、士郎はいつもの時間に眼を覚まし、志貴は鍛錬に、士郎は朝食を作り出す。

自宅の次に使い慣れた『七星館』の台所もあり、てきぱきと材料を切り、食事の仕度を調えていく。

決戦前最後の朝食だが、特に豪勢にした訳でもなく、質素にした訳でもなく、いつも通り和風の朝食を作り上げる。

だが、驚くべきはその量、アルクェイド達を入れてもまだ二十名以上がいるので少し位多いのは当然だが士郎が用意したご飯と味噌汁の量はもはや炊き出しや給食、それに近い。

だが、それもメンバーの中にアルトリアがいる事を考えると当然かもしれないが。

ご飯を台所にあったお櫃に分ける頃には朝の鍛錬を終えた志貴が戻り、志貴も士郎を手伝う。

そうして仕度が全て整えると一足早く食事を取り始める。

士郎の料理の腕前を志貴が褒め、それを士郎は謙遜する。

食事も終わり、食後のお茶を飲み始めた頃、ようやく

「あれ〜志貴起きてたの〜」

寝起きなのだろう、陽気な声を間延びさせてアルクェイドがやって来た。

「おはようアルクェイド、とりあえず顔洗って来い。顔すごい事になっているぞ」

「んー判ったー」

そう言って洗面所に向う。

「さてと、アルクェイドさん分の魚も焼くか」

「いや、焼くなら全員分だ。アルクェイドでも起きて来たんだ。続々と起きて来てもおかしくない」

志貴の言葉を裏付ける様に奥からにぎやかな声が聞こえてくる。

「お前の言う通りのようだな。じゃ全員分焼くか」

「ああ、俺も手伝う」

五十五『闇千年城』

全員が起床し、身支度を整えた時には志貴と士郎は朝食の準備を整え終えていた。

「わ、もう出来てる〜」

「先輩すいません、手伝わないといけなかったのに」

「これシェロが全部一人で作ったのですの?」

口々に言い合いながらそれぞれ自由に食膳の前に座る。

「あれ?志貴ちゃんの分は?」

「それにシロウの分もありませんが」

「俺達ならもう食った。これから最後の手合わせをやって体を動かすから」

「皆はゆっくり食べていてくれ」

そう言って二人は中庭に向う。

「さてと」

「ああ」

言葉少なげに頷きあい、二人は同時に詠唱を唱え始めた。









数時間二人は最後の鍛錬を行い、体を動かし、終わった後誰かが気を利かせてくれたのか沸き直された風呂で汗を流した。

そして二人が計画していた十時前、『真なる死神』、『錬剣師』としての完全装備を着こなし、士郎は更に『エミヤの魔術刻印』であるコートとコンテンダーを装備した上で『七星館』前に立っていた。

他のメンバーは今日の夜半にはそれぞれの地に飛ぶことにしている。

「じゃあ、行ってくる」

「志貴ちゃん・・・」

「死なないでね」

翡翠、琥珀がかろうじてそう言うのが精一杯で他のメンバーは不安を隠せそうに無い。

「シロウ、貴方の武運を祈っています」

「ああ、ありがとうアルトリア」

「士郎、死ぬんじゃないわよ」

「先輩・・・」

「俺もまだ死ぬ気は無いさ」

「ええ、エミヤ貴方には死なれては困ります。将来のバルトメロイの後継者の為にも・・・まあ私の為も少々ありますが」

「大丈夫でしょう、彼ほどの責任感だけはある駄犬がやるだけやってやり捨てなどする筈もないでしょうし」

それとは対照的に士郎の方は空元気かもしれないがそれでも賑やかだった。

「さてとじゃあ行くか」

「ああ朱鷺恵姉さん、『七星館』の管理はよろしくお願いします」

「ええ、行ってらっしゃい志貴君、士郎君帰ってきたら祝勝会やろうね」

「ああ、それ良いですね」

「そうだな、そうしようか。昨日みたいに皆集めてドンちゃん騒ぎして」

「ははっ、こりゃ負けられないな」

「ああ、必ず帰ろう、此処へ」

頷きあうと同時に二人の体は風に包まれ、イスタンブール目指して転移をした。









イスタンブールに着いた二人はすぐさまエレイシアのいる総司令部に顔を出した。

「姉さん」

「エレイシアさん」

「志貴君、士郎君もご無沙汰してます」

「ええ、元気そうでなによりです。」

挨拶もそこそこに、本題に入る。

「まずは志貴君が『闇千年城』に向う手段については車を用意しました。チョルルでダウンが中心になって最後の整備を行っています」

当初は飛行機の運用も検討されていたそうだが、『封印の闇』の中では飛行だけならばまだしも、光源が何も無い事が予想され、着陸にはあまりにも危険が伴う事、また『闇千年城』が何処にあるのか不明の為航続距離に不安が残されていたので最終的には陸路が採用されたと説明する。

「すいません。本来ならば私達が率先して『六王権』を討伐しなければならない筈なのに」

「姉さん、気にしないでこれは俺達の我侭でもあるんですから」

「ええ、俺達が好きで行くんですから。むしろ此処までしてくれた皆さんには感謝しなくちゃいけないくらいです」

「そう言ってもらえると助かります・・・」

「で、姉さん、前線の『六王権』軍の様子は?」

「チョルルにはその存在は確認されていません。それはモスクワを始めとする諸都市でも同じ事です」

「そうなると内陸部から例の輸送兵器で進軍を」

「そうでしょうね。と言うかそれしか考えられません。出なければこれだけの静けさは信じられません」

「なるほど・・・」

「まあ、『六王権』の言葉に偽りがないとすれば志貴君達には危害は無いでしょう。今日中にはあーぱー吸血姫姉妹達もやってきます。志貴君達は今夜の出発まで十分体を休めていて下さい。部屋はもう用意しています」

「ありがとうございます。エレイシアさん」

「じゃあそれまで休ませてもらいます」









それから時が過ぎまもなく二十六日に日付が変わろうとしていた時、志貴と士郎の姿はチョルルにあった。

正確にはチョルル郊外の『ゲート』と呼ばれる、人類側と『六王権』側の境界線に。

「ああ、お待ちしていました」

そんな二人を待っていたのはダウン。

穏やかな笑みで二人を出迎える。

「では早速ですが・・・」

そう言ってダウンは二人を先導して一台の車に案内する。

形状から見ればそれはキャンピングカーに小規模なコンテナを接続させたものだった。

見た目は十トントラックを縮小させた物にも見える。

「エンジンは日本製のハイブリットエンジンを搭載、ただ、満載している荷物などの関係から燃費は若干低下してリッター平均で二十キロ走ります。ちなみにお二人共免許は」

「大丈夫」

「持っています」

「それは良かったです。で、中にはバス、トイレ、ベット、キッチンの生活機能は取り揃え、ご要請にお応えしてテレビや無線機も運び込んでいます。コンテナには食料等の物資を満載しています。念には念を入れまして半月分の食料と水に生活雑貨、ガソリンもここからフランス、カレーまで行って往復できる分を用意しました。食料は申し訳ありませんが保存の利く物を重視しています。水に関しても飲料用を優先して生活用の水は少なく用意しておきました。」

コンテナを開ければ確かにペットボトルやポリタンクに入った水や缶詰やレトルト食品が山と積まれている、ペットボトルが飲料用、ポリタンクは生活用なのだろう。

だが、何よりも眼を引くのはその奥、間違いなくコンテナを改造したのだろう。

コンテナの奥半分がガソリンのタンクと化していた。

「これ自体がこの車の燃料タンクになっていますので燃料補給も不要です。五百リッター満タンで入っています。予備の燃料も百八十リッターまで用意しました」

「普通だったら絶対公道走れないよな、これ」

「良くここまでやりましたね」

感心したのか呆れたのか判断が付きかねる事を呟いた時、

「志貴、士郎」

「間に合ったか〜」

ゼルレッチとコーバックが近寄りながら声をかけてきた。

「師匠、教授どうされたのですか?」

「どうしたもこうしたもあらへんわ。前に言ったブツようやっと出来たさかい、届けにきたんや」

そう言ってコーバックが二着の服とズボンを渡す。

今着ているそれとサイズ、デザイン共にさして変わらない物だった。

「現状込められるだけの最高の防御結界を込めた。今着ている物と比べて、物理、魔術共に二割防御性能が上がっとる」

「それと志貴、士郎、こいつも付けておけ」

ゼルレッチから手渡されたのはグローブ。

手の甲の部分に小さい宝石が埋め込まれている以外はごてごてした装飾も無く質素なグローブ。

「師匠これは?」

「ああ、ある意味失敗作だったある物を応用して造り上げた。微量であるが平行世界より魔力を取り込み補充する事が出来る」

「なるほど、ありがとうございます師匠」

一つ頷き二人はグローブをはめる。

「それと士郎これは返して置く」

そう言ってゼルレッチが士郎に手渡したのはコンテンダーの魔弾。

実は一月前、士郎から切嗣の礼装であるコンテンダーの能力を知ったゼルレッチから見せてほしいと頼まれて、士郎は一発だけ魔弾をゼルレッチに貸していたのだ。

「はい、じゃあ返してもらいます」

士郎はそれを受け取り魔弾をコートに収納する。

「それにしてもその弾丸つくづくとんでもない代物だな。おそらくその弾丸を造り上げた者の起源の関係だろう」

「起源ですか?親父の」

「ああ、推察するに切断と結合、切って結ぶ、それがお前の養父の起源だろうな」

「切って結ぶ・・・真逆ですね」

「ああ、だからこそこのような物が出来上がったのだろう。魔術に関わる者にとってそれは存在してはならない天敵だ」

「師匠でもそう思いますか?」

「当たりきや。こんな物、食らったらわいやゼルレッチですら一発でおしゃかになってまうわ」

そんな事を話していると

「ナナヤさん、エミヤさん、まもなく時間です」

ダウンに呼ばれて、時計を見れば確かに現地時間の午後十一時五十五分。

後五分で二十六日となる。

「じゃあ打ち合わせどおり最初は俺が運転する」

「ああ、それで三時間後に俺と交代する。それまでの間に夜食とか作って置く」

「頼むまあ、簡単に作れるレトルトや缶詰ばかりだからそんな苦労はないだろうな」

「ああ、でそれぞれ時間の間に軽食やトイレ、身体を清めて仮眠を取る」

そう言って二人は車に乗り込む。

既にキーも差し込まれいつでもエンジンを起動できる状態だ。

「じゃあ師匠、教授、行って来ます」

「ああ、気をつけろ志貴、士郎」

「必ず帰って来るんやで二人共」

「「はい」」

そう返事を返して車のドアを閉め、志貴は車のエンジンをかける。

そしてゆっくりと車は動き出し、それと同時に境界線を隔てていた門が重々しく開かれ、時間も現地時間二十六日、午前0時。

志貴達が通過すると同時に門は再び閉められ、この門は『六王権』軍の侵攻を抑える最初の防波堤となる。

「さて、道を用意すると言っていたが・・・あれの事か?」

士郎が助手席からカーナビゲーションシステムを起動させながらそんな事を言う。

「・・・だろうな」

二人の視線の先には道路の左右に鬼火のように瞬く灯り。

それは志貴達の前方に次々と灯り、通過するや消え失せる。

「あれについて行けという事か。じゃあ志貴、運転は任せる。俺は夜食作って、コーヒー入れたら少し寝る」

「ああ、じゃあ三時間後」









灯りに導かれて志貴と士郎の運転する車は闇の中をヘッドライトで闇を引き裂きながら突き進む。

コーヒーや眠気覚ましのガムを口にして、眠気と前方の単調な光景に催眠状態になりかける自身と戦いながら運転を続ける。

とそこへ

「志貴、交代だ」

士郎が志貴に声をかける。

「もうそんな時間か。判った」

一旦、車を左に寄せてから停車する。

「今どこら辺りだ?」

「トルコはもう出た。今はブルガリア南部の都市フロヴディブ郊外だな。ブルガリア首都ソフィアから南東に約百五十キロと言った所か」

「そうなるとチョルルから直線距離でおよそ二百五十キロ・・・ほぼ西に進んだと言う事か。お疲れさん。夜食食ったら少し休んでいてくれ」

「そうさせて貰うよ。じゃあ」

そこからは特に目新しい事も無く、三時間毎に志貴と士郎は運転を替わり、車を走らせていく。

ブルガリア、セルビアの国境を越えると今度は北上を始める。

用意された道には 車の残骸など欠片も無く、障害も無いままスムーズに進み続け、出発してから九時間後にはセルビア首都ベオグラードに到着、此処で二人は車を止めて、遅い朝食と昼食も兼ねた休憩に入る。

無論ただのんびりしているだけではなく車内で今後の進路の事なども話し合われる。

「俺達はチョルルから西に車を走らせブルガリアを横断」

「その後、セルビアに入った途端進路は北になり今いるのはセルビア首都ベオグラードか・・・一体『闇千年城』は何処になるのやら」

「このまま北上を続けるのか、それとも東か西に進路を変えるのか」

「北上を続ければハンガリーに入り、西やらクロアチア、東ならルーマニアか・・・」

「何処になるにせよ『闇千年城』は中欧の国の何処かと言う事になるな」

「ああ、とは言え、今の俺達はあれについていくしかないんだけどな」

「そうだな」

二人の視線の先にはフロントガラスの先、あの灯りがあった。

相当利口に作られたのか車が走れば同じ速度で誘導するし、止まれば同じく止まり志貴達を迷わせる事は一切ない。

「さてと、じゃあ食材と洗い物用の水を少し運び込むか。志貴空間閉鎖で周辺を固めておいてくれないか?」

「判った。ついでに俺も手伝う」

そう言って二人は立ち上がった。









必要な分の物資をコンテナから車内に入れてから、二人は分担して車内の内臓テレビや無線機で情報を集める。

だが、その結果は芳しいものではなく、民間の放送局はどの国も話題の中心は世界中の内乱や死者、死徒の騒動に集まっていた。

人によっては明日『六王権』軍の総攻撃が行われる等風化した者もいるだろう。

また、無線機でエレイシアと連絡を取り合ったが、合いも変わらず『六王権』軍は微塵も動きが無く、その為、一部には総攻撃が行われると言う事自体に疑問符を持つ者も出始めていると言う。

進展が無い事に若干落胆を見せたが直ぐに気を取り直して、休憩を始めてから二時間後、車を出発させる。

先導の灯りはベオグラードを抜けてからも北上を続けハンガリー国内に入る。

そして尚も北上し、三時間後にはハンガリー首都ブタペストに到着。

尚も北上するかと思われたがそこから今度は西に方向を変更、オーストリアに入国、首都ウィーンに到着したのはベオグラード出発から六時間後の事だった。

此処で二人は少し早いが夕食の為に停車、休憩に入る。

そこから二時間後、車を再び発進させる。

進路は尚も西に取られ三時間後の現地時間夜九時にはオーストリア、ドイツ国境に最も近い都市ザルツブルグを通過、『蒼黒戦争』開戦の地ドイツに入る。

そして・・・ようやく目的の場所に到着したのはドイツ入国からおよそ二時間半後、ドイツ南部の古代遺跡、ヴィースの巡礼聖堂まで来た時だった。

「志貴・・・終点だな」

「ああどうやら此処のようだな」

二人の視線の先には聖堂を見下ろし、嘲笑うかのように屹立する巨大な城があった。

此処まで志貴達を先導してきた灯りはいつの間にか姿を消している。

「アルクェイドの『千年城』と姿形瓜二つだな。あいつが真似たのか、アルクェイドが真似たのか・・・」

「もしくは二人共別の物を真似たのか・・・」

「まあどっちだろうと構わんか」

「ああ、行くか」

互いに頷きあい、新しい服に袖を通し、志貴は『七つ夜』を、士郎はコートとコンデンターを装備する。

そしてドアを開き、外へと足を踏み出した。

月に似た明かりのお陰で周囲は思ったほど暗くはない。

地面には幸運か不幸か死徒にも死者にもならず、ただの死体となった犠牲者達が骨だけの姿で散乱している。

その大地を一歩一歩踏みしめる様に歩くと

「ようこそ」

静かな声と共に『影』が現れた。

「来たぞ『影の王』」

「ええお待ちしてました『剣の王』。時間も丁度いい」

見れば時間は午後十一時三十分。

後三十分で十二月二十七日、人類の全ての運命をかけた一日が始まる。

「ではご案内いたします。我々の決着の場へ」

そう言って『影』は志貴達に背中を見せて歩き始める。

今斬りかかれば容易く倒せる、そんな誘惑に駆られるほどその背中は無防備だったが志貴も士郎もそんな素振りも見せず、『影』について行った。









巨大な城門を潜り、二人は城内に入る。

しかし、その城内は外観の規模に反してあまりにも何一つも無かった。

一本道と上へと続く階段だけで、分かれ道も無ければ部屋も無い。

「・・・『闇千年城』のほとんどの道と部屋は既に消されています」

そんな二人の戸惑いを察したように『影』が口を開く。

「消された・・・だと?」

「ええ、我々の決着に不要なものは軒並み消して可能な限り力を蓄えていらっしゃるのです。今この城に残されているのは陛下のおられる玉座の間、俺と『剣の王』の決着の為の場、そしてそこに通じる道と階段だけ」

それっきり『影』は再び口を閉ざす。

志貴達もそれ以上追求する事も無く『影』の後を無言で歩く。

やがて、前方に観音開きの扉が姿を現す。

「此処は」

「此処こそ俺と『剣の王』の決着の場」

『影』の言葉に反応するように、扉がゆっくりと開かれる。

その先は開かれた円形の部屋・・・と言うよりは古代の闘技場に近い。

そこに歩を進める『影』に続くように志貴、士郎も足を踏み入れる。

それと同時に、入り口の扉は閉じられ、入り口の対角線上に存在する扉がゆっくりと開かれる。

「どうぞ『真なる死神』よ、お進みください。この先、真っ直ぐ進めば玉座の間、先ほども申し上げましたがそこに陛下が貴方をお待ちしております」

「・・・ああ」

志貴は一つ頷き、歩を進めようとしたところに背後から

「志貴」

士郎が声をかけ、志貴が振り返る。

「・・・死ぬなよ」

「ああ・・・お前もな」

そう一言だけ言い合ってから、互いに頷き合い、申し合わせたように拳を軽く突き合わせる。

それを行った後、志貴はもはや振り向く事も無く、出口をくぐり階段を再び上がり始める。

そして志貴が出るのを確認したように扉はゆっくりと閉められた。

「・・・」

「此処の名は『血鍵闘技場(けっけんとうぎじょう)』この闘技場を出るにはその名の通り、相手の血・・・それも命全てを捧げるほどの血こそが鍵となる。その意味わかるな」

「ああ、つまり俺かお前どちらかが死なぬ限り、進む事も戻る事も出来ない」

「その通りだ。そして扉が閉められた時点で、この闘技場は次元の狭間に移る。いかなる援軍も此処には来る事は出来ない・・・これで付けられるな。誰にも邪魔される事なく」

「ああ・・・」

「だが、待つとしよう。始めるのは『真なる死神』が陛下の元に着いてからでも遅くは無い」

時間はまもなく十一時五十五分を指し示していた。









闘技場を抜け一人、黙々と階段を登り続けていた志貴だったがそれも終着が見えた。

階段が終わり、通路が姿を現す。

通路の奥には先程より重厚な観音開きの扉が姿を現す。

志貴が近寄り扉に触れようとするがそれよりも早く、扉が静かに開かれた。

扉の先は確かに玉座の間、赤絨毯が敷かれ、その先には玉座に静かに鎮座する『六王権』がいた。

「・・・着たぞ『陽』・・・いや、『六王権』」

「ああ・・・待ったていた『真なる死神』」

まるで指し示したように時間は丁度午前零時をさした。

同時刻、ロンドン、パリ、セビーリャ、イスタンブール、モスクワの五都市同時に計ったように『六王権』軍進軍の報がもたらされる。

長い、人類の運命を賭けた長すぎる一日が始まる。

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